Japan's Depth - Behind Japan galacticos Figure Skating Team #3 Yukina OTA: A Troubadour with Fire on the Ice
Our Japanese correspondent Aiko interviewed Yukina OTA @ Kyoto station.
By AIKO SHIMAZU 島津愛子
Aug 18, 2011 in Kyoto

太田由希奈 Yukina Ota  Japan Sports
in the "Prince Ice World"


☞ in English


JapanSkates.com が、精鋭「ジャパンチーム」の太田由希奈選手とお別れしてはや3年。現在も、由希奈さんは、プロスケーターとして、振付師として、解説者として、今なお 日本のフィギュアスケートに花を添えられています。由希奈さんとの素敵なひととき。愉快な由希奈さんの、爽快なお話をおたのしみ下さい!


JS: 由希奈さんが、最後に Japan Skates とお話下さったのは、2008年の夏になります。

YO: そう、柴田嶺君と、トロントで。

JS: その後、シーズンに入ってから、由希奈さんが競技の引退を発表されて⋯

YO: (笑) そうだったかな⋯

JS: (笑) その模様でしたよ。

YO: ⋯そう⋯でしたね!(笑) 「カナダ合宿に行きなさい」と、樋口先生に言ってもらったんですけど、そのとき、目標を見失っていた、というか。でも、環境が変われば、また気持ちも変わるかもしれない、と勧められて、カナダへ行って、帰って来て、で、辞めたんですよね!(笑)

JS: (笑) スカッとした引退だったのですね!

JS: 当時は、由希奈さんが自らの故障のお話をされていなかったので、お伺いしたいのですが、2003-2004シーズンの右足首の怪我が、ずっとご負担になっていたと思います。ねずみ(離断性骨軟骨炎)だったのでしょうか?

YO: 私の場合、軟骨炎ではなく、「骨挫傷」といって、骨だったんですよ。慢性的に、足首を捻るプレッシャーが関節にかかり続けてしまって。

JS: 自分は陸上をやっていたのですが、足底筋を伸ばし切ってしまって、そこから、いろんな筋にハリが出て、違和感が体全体の筋を巡る、っていうかんじで、痛みがずっと続いてしまって。だから、由希奈さんもそうだったのかな、と。

YO: そうみたいですね⋯ 足首を庇うから、動きが固くなって、膝も痛めてしまったり。

JS: 痛みが、4シーズン続いてしまったわけですね⋯

YO: そうですね⋯ (明るく振り返る由希奈さん:) ちょうど、女性の体型に変化する時期でもあったり、リンク (地元・京都の「醍醐スケート」) がなくなってしまったり、いろんなことが重なっていたんですよ。でも、その後、両親にアメリカに行かせてもらって、湿度もなく、痛みもなくなってきて。あったとしても、アイシングやテーピングでしのいで、痛みとうまく付き合って行ける、というかんじで。で、東京に帰って来たら、やっぱりこう⋯(笑) 環境も違いますしね。北米は、スケートをやる環境がすごくいいので、ギャップに苦しんでしまったり。でも、全然、スケートが嫌いにはならなかったので、どうにかして続けて⋯

(ここで、由希奈さんオーダーのデザート到着。)

YO: わぁ〜♪ ⋯今、何言ってましたかね?(笑)

JS: (笑) 今、由希奈さんが東京へ戻って来られたところです。

YO: そう、東京へ帰って来て、下宿させてもらいながらスケートをやらせてもらって⋯ でも、「新採点システム」にも、色々考えることがあったり。

JS: そう、あの、由希奈さんの"トゥーランドット"(2001-2003FS)の最後のスピンが!あの、世にも素敵なレイバックが「レベル1」になってしまう!

YO: そうそう。どれだけGOEをもらえるか、ですよね。⋯そういう葛藤もあって。私が目指しているものと、競技で目指さなければいけないものが、大分違ってきていて。スケートは嫌いじゃないんだけれども、競技はすごくしんどいなぁ、と思い始めていて。体の軽い、小さな子のほうが断然有利ですし⋯ 自分の納得のいく演技が出来ないなら試合に出たくない、という気持ちもあって、それに見合う練習も出来ていない、と。⋯「引退」が急な話で、先生もすごくびっくりされていて。(笑)

JS: (笑)

YO: 大体22歳まで、大学卒業までする、っていう選手が多いんですけど、「私は絶対そうじゃない」、っていうことは前から分かっていました。大学二年生か三年生か分からないけど、「もういいかな。」と思った時に競技を終えたい、と想っていましたから。その時が、いつになるのかは自分も分からなかったけど⋯ 突発的に、引退、ということになっちゃって。(笑) 事後報告で、親にも先生にも伝えて⋯ そういうかんじです。

JS: ⋯当時の Japan Skates の様子をうかがい知るに、皆、とっても悲しいけれども、由希奈さんの決断を尊び、プロスケーター由希奈さんのプログラムをたのしみに待つ、といったような趣でしたよ。

YO: そうなんですか~。

JS: そうでしたよ。⋯皆、由希奈さんのフレアがすきなんですよ。フレアスカートの"フレア"です。

YO: ハイ。

JS: 直接得点にはならないけれども、シャッセみたいなジャンプで進行方向を変えたり、いのちが込もったポジション、そういった由希奈さんの独自のバレエテイストだったり、スピンのアームワーク⋯

YO: 「アームワーク」?

JS: そうです!レイバックは、Sideways に行かないほうがいんです!⋯「新採点」では、レベル要件になっているので、皆、サイド→バック/その逆に行くんですけど、由希奈さんのレイバックは、Backwards のままでいいんです!

YO: (笑) ああ、1ポジションだけで、手の動きだけで音楽を見せる、という。


JS: その、選手としての由希奈さんとのお別れも束の間、プロスケーターとしての由希奈さんに、すぐに再会することができました。

YO: そう、プリンスアイスワールドの方から、「ゲストスケーターとして由希奈ちゃん出てみない?」と声をかけて頂いて。「もう、競技辞めました。」と伝えたら、「どうする?ウチに入る?」って。「では、お願いします。」と、即答で決めちゃって。(笑) プリンスで滑らせてもらえる、というのはうれしいことで!⋯昔のように、家の近くにリンクがあるわけではないから、滑りに行くのだけでも大変なんですけど、滑れる環境が出来たので、「これは恵まれている!」と。かれこれ3年目になります。

JS: 皆、プロ・由希奈さんのプログラムが見たくって、でも、テレビで放送されたものしかYouTubeにはなかったり。外国の由希奈さんファンは途方に暮れております⋯

YO: (笑) 基本的には、アイスショーに来てもらったら、見てもらえる、という⋯ 是非、日本へ!

JS: (笑) 日本へ来たら、由希奈さんのプログラムが見られる!ということで。

YO: 検索すると、スケジュールも出ておりますし、是非!(笑)

JS: (笑) プログラムのお話なのですが、"Ave Maria"は、由希奈さん御自身の振付なのでしょうか?

YO: 自分でもやっていますが、客観的に見てもらうため、川越 (正大) 先生 (シチズンプラザのインストラクターで、柴田嶺選手の元コーチ。) にお願いしました。"The Piano (ピアノレッスン) "は、以前プリンスにいらっしゃった関 (徳武) 先生にお願いして。で、今回の"Anastasia"は、プリンスの振付の佐藤紀子先生 (新横浜スケートセンターのインストラクターで、村主章枝選手の日本でのコーチ、近藤琢哉選手等の振付でもおなじみ。) です。紀子先生は、すごく上品な方で。先生に初めて作ってもらいました。衣装のデザインも!「細く見えるように⋯」だとか。(笑)

JS: そのままで細いです!

YO: (笑) そういう、紀子先生プロデュースのプログラムが初めて滑れて⋯ 素敵な2011年になったなぁ、と。震災で、公演があるかないか分からなかったのですが、ようやく、この前ぐらいから練習も積めて、思い通りに滑れて、終えられた、というかんじです。また、来年に向けて練習しないと!


JS: 選手時代のプログラムでも、振付の先生と共作、というか、あっこちゃん(鈴木明子選手)のように、御自身の踊りのタッチを活かした振付だったのでしょうか?

YO: 私の場合は、二人で作る、というよりは⋯ ずっとトム (ディクソン) 先生にやってもらっていたのを、デイビッド・ウィルソン先生に頼むことになったのですが、お二方共、私に新しい動きを与えてくれる、という形で。

YO: 今、自分も振付をさせてもらっているのですが、デイビッドに教えてもらったことが活きているなぁ、と思っていて。もちろん、トムに習っていた時も、例えば、深呼吸をして"息を使う"、ですとか、多くを学ばせてもらいました。デイビッドに教えてもらった時は、自分も教えることを少しずつやらせてもらっていた時期で、『教える』ということを意識しながら、学んでいたので。より、今に活きているなぁ、という感じはします。

JS: 学生の頃から、先生をやられていたのですね!

YO: いや!先生をやっていたわけじゃないんですけど、「先生になりたい!」と思っていました。だから、この先生の教え方は、私はこういう風に感じるから、自分が教える時にはこうしよう、とか。この先生のこういう教え方はイイな、というのを考えながら、最後のほうのシーズンは過ごしていました。

JS: 今は、どちらで教えてらっしゃるのでしょう?

YO: ジプシー生活(笑)なんですけど⋯ 色々な場所を回って振り付けています。もし、近くにリンクがあればうれしいですけれど。でも、振付って、いろんな場所に行って、新しい子に出会って、プログラムを作らせてもらって、っていうので⋯ たのしいですよね!(笑)

JS: (笑) たのしそう!

YO: 「旅行」じゃないですけど⋯ 昔から、海外の試合や合宿に行ったりして、フットワークが軽いので、この振付師の生活が、今は合っていると思っています。

JS: 海外だと、振付師の方は、生徒のことを「クライアント」っていうかんじで捉えていると思うのですが、日本は、振付師の方も「先生」で。振付師の方も、ビジネスというより、踊りを『教える』っていうのがいいですね!

YO: 小さい子は、足元から教えないといけないですしね。振付だと、日々多忙なメインコーチの先生の助けにもなれますし、子供達も、「由希奈さんに振り付けてもらえるの?がんばらなきゃ!」って、刺激にもなっているみたいで。みんながハッピーですよね!(笑) 私は、トム先生の奥さんのカタリーナ (リンデン) さんにも習っていたのですが、カタリーナは、踊りとか見栄えを教えられていて。カタリーナに出会って、そういう先生もいいな、って。今の私には、これが向いていると思います。

JS: ⋯由希奈さん、今、たのしそう!

YO: そう、振付、たのしいかも〜(笑)

JS: (笑)

YO: でも、今までになく、滑る時間が長くなっていて⋯ 自分自身の練習だと、3時間位滑ったら氷から上がって、それ以上滑らなかったけど、振付だと、一日に何人かする場合、結構な時間氷に乗っているので、寒かったり⋯ 大変な仕事だなぁ〜って思ったりもします。まだ、振付師のほうが、自分も動きながら教えられるので、そんなに冷えませんけれど。⋯まぁ、いろいろです。(笑)

JS: 元気な由希奈さんの姿が目に浮かびます!

YO: (笑)


JS: Mark から、「絶対言うなよ!」って言われていることがあって⋯ でも、「絶対言うな!」って言われると、絶対言いたくなっちゃうのが性でして⋯「由希奈さんは、美しいスケーター(若手部門)第一位!」とのことです。

YO: (笑)

JS: 今川知子さんが、「熟女部門の第一位」だそうで⋯ (笑)

YO: そう、知子さんがおキレイな方、っていうのは知っています!

JS: その知子さんには、【美しさを保つ秘訣】をお伺いしたので、由希奈さんには、【氷の上での美しさの秘訣】をお伺いしたいと思いまして。選手の頃も今も、ですけれど、由希奈さんのその「由希奈ムーヴ」は、どのように形作られているのでしょう?

YO: やっぱり、基本は、姿勢が大事です。でも、バレエももちろん大事なんですけど、大学生位になって思い始めたのは⋯ トム先生はモダンスタイルが好きで、モダンバレエとか、

JS: コンテンポラリーですね。

YO: そう、その動きをしていて思ったのが、「これは、スケートに活かせるな。」と。止まる動きじゃなくて、流れ続ける動き。バレエをやっていたら、どうしても、小さい子は⋯ 私もそうだったんですけれど、「ピッ、ピッ」って、動きが硬く見えちゃうんですよ。モダンバレエとかに出会ってから、踊りを氷の上で活かしやすくなった、と思っています。

YO: とにかく踊ることが好きなので、しょっちゅう、家でも外でも、鏡のように映るところがあれば、自分を映して、急にプログラムやってみたりとか。(笑)

JS: (笑)

YO: (笑) 自然と。気分が良かったら、歌って踊りだす!みたいな。(笑) 周りのひとは、「ここは日本やから、やめてー。」って。(笑)

JS: (笑) えー。そんな由希奈さんだったとは!

YO: 実は、そんなかんじなんです。(笑)

JS: "トゥーランドット"も、一年目と二年目では、ずいぶん変わっていて⋯

YO: 二年目のほうが滑りこなすし、音楽もよく聴いているから、自分のものにはなっていますね。⋯"トゥーランドット"は、ほんとに、自分が、「この曲がイイ!」って思って先生に出した曲で、自分でも、どういうストーリーなのか理解するためにいろいろ調べたり。衣装も、「こんな色がいいかも〜」とか、自分で、いろいろ決めさせてもらうことが出来て。⋯だから良かったのかな、と。(笑)

Yukina OTA 太田由希奈 2001-2003FS Turandotトゥーランドット @ 2002 All-Japan National Championships  paja
2001-2003FS"Turandot" @ 2002 All-Japan

JS: 15、6歳の由希奈さんのマスターピースです。大人達は、子供達の年を見て「こども」って言うけれど、でも、実は、女の子は特に、小さい頃から「私コレがイイ!」って、テイストが確立している子もいて⋯ 自分は、15、6歳の由希奈さんも、「超一流のパフォーマーだ!」と思っています。

YO: そう、なんかね、変に頑固でしたね。こだわりが⋯(笑)

YO: でも、まぁまぁ出来た試合の外国の放送で、英語で解説してもらっていて、「彼女のレイバックは素晴らしい!」とか「滑りもすごく素敵。」とか言ってもらっていて、でも、「見てみなさい!彼女には、顔の表情が全然ないのよ!」って。(笑)

JS: あー。それ見たことある⋯

YO: (笑) 見ました? アメリカなんかだと、魅せる演技で、顔を造れるひとが多かったりするけど、私にはそれが出来なかったから。⋯だから、アイスショーでは、顔を!と。「顔」って、実際、スクリーンにも映し出されて、よく見られるものなので、顔も特に意識して滑っています。現役のときにやりたくて、でもそこまで気が回らなかった、という部分を、今、ショーで出来たらな、と。音楽もそうです。こんな曲で滑りたかった、っていうのがあったけど、競技は競技向きの曲が有利だし、と。今は、枠にとらわれないで、私が「やりたい!」って思ったものをやることが出来ていて。「こんな形もいいかな。」と思っています。


JS: ⋯(次の質問を準備中。)

YO: ⋯私、ニューヨーク行くんですよ!今度。大学のスポーツゼミの研修旅行で。「スポーツビジネスを堪能しましょう」という。ヤンキーススタジアムに行ったり、テニスやNFLも見て、どういう風に集客をしているか、とか、経営面を見学して。現地の方を招いて、お話させてもらったり。で、私ずっと前に、ニューヨークでアイスショーに出させてもらっていたことがあったから、知り合いにも会いに行こう、って。だから、さっき、「ブルックリン (記者が以前住んでいた街) 」って聞いたときに、とても懐かしい〜って。(笑) ブルックリンも行かなきゃ!って。

JS: (笑) 「ブルックリン」を思い出されてなによりです!

YO: ミューヨークって、住むのが高いですよね。

JS: だから、ブルックリンなんですよ!マンハッタンとは全然違います。

YO: 橋渡って。

JS: 電車も通ってますし、フェリーがおすすめです!景色がイイです。

YO: そうですか。

JS: で、ブルックリンだけで、結構街なので。あんな、マンハッタンみたいな摩天楼ではないですけど。

YO: ブルックリンにも、スケートリンクがありますよね?私、アイスショーの練習で行きましたよ。「今日はブルックリンで滑るから」って。「ブルックリン」?⋯なんか、おもしろい名前やなぁ〜って。(笑)

JS: 「おもしろい名前」!?(笑)

YO: とってもたのしみで!ニューヨークが!⋯選手時代は、合宿は北米/遠征はヨーロッパ、っていうパターンで、外国へ行く機会が多かったんですけど、競技を辞めてからは、全然行けてなくて。もう、外に出たい!「懐かしのアメリカに!」とか、行きたくてしょうがなかったところに、このスポーツビジネス旅行の話があって!うれしくて。

JS: 自分がブルックリンにいた頃は、まさか、今頃フィギュアスケートの取材をやらせてもらえていて、こうやって由希奈さんにお目にかかろうとは、思いもしなくて。

YO: (笑)

JS: ⋯でも、ビルとビルの間でスケートをしている人達 を眺めてはいました。

YO: ロックフェラー (マンハッタンのロックフェラーセンター) じゃないんですか?

JS: そうです、そうです!

YO: クリスマスに、ロックフェラーで滑れますもん。あんな街中に、ポンッてリンクが出来て。

JS: そうそう!

YO: 私、エキシビションさせてもらって、超極寒で!(笑)

JS: そうなんですよ!この人達、一番寒いときに一番寒いところで一番寒いことするなぁ。って思ってて!(笑)

YO: (笑) その時、薄い薄い衣装で凍えてて、「私なにも出来ないかも〜」って思ってたんですけど、スピンを回ることは出来て、そのレイバックの最中、夜景をバックに壮大なクリスマスツリーが見えるんですよ〜。「私幸せすぎて死にそう〜」って。(笑)

JS: (笑) ⋯私が想ってた由希奈さんとは、まったく違います!

YO: (笑) どう違います?

JS: もう、尼さんみたいな人だと想ってて。(笑)

YO: (笑) 誰かにも言われたことあるかも。とりあえず、話しかけにくそうなオーラを出している、とは言われますね。

JS: とことん節制されているような⋯

YO: 「節制」はしてましたけどね。(笑) 今は、いい意味でメリハリがついてきて。

JS: 「自由の女神」なかんじです!

YO: (笑) アメリカで生活したこともあって、程よく、むこうの良いところも吸収して。逆に、アメリカにいるからこそ、日本人を意識したりすることも多くないですか?だから、「私日本人なんや〜」って思って、古いものを大切にしよう、とか。混在していて。たのしいですよ。(笑)

JS: (笑) 自分は、ひとにすぐなつくんですけど⋯

YO: そうなんですか。(笑)

JS: でも、日本だと、すぐなついたら失礼だし、って⋯ でも、由希奈さんには、すぐなつけます!

YO: (笑)

Yukina OTA 太田由希奈 @ Rockefeller Center  paja
@ Rockefeller Center


JS: そんな、由希奈さんとバレエのお話ですが、お好きなバレエダンサーや演目についてお聞かせ下さい。

YO: 特には⋯(笑) そんなに詳しいわけでもないですし。熊川哲也さんの公演を観に行かせてもらったことはあります。バレエ映画が好きですね。イリヤ・クーリックが出ていた「センターステージ」をよく見ていました。演目も、"白鳥の湖" (2006-2007/2008-2009SP) をやるから観に行く、というかんじで。私がやっていたバレエは、皆さんが思われているようなレッスンではなく、スケートのためのバレエで。先生にリンクへ来て頂いて、バーレッスンも少しはするんですけど、プログラムチェックを主にやってもらっていました。それは、小学校三年生位から、醍醐のリンクがなくなる、高校生位まで続けていましたね。その後、アメリカでも、必ずバレエのセッションがあるので、モダンバレエのクラスを取って。だから、常に、踊ることはしていました。でも、足を痛めたときは、踊ることも出来なくなっていたから⋯ なんだかんだで!踊ることは好きなんです!劇団四季とか、シルク・ドゥ・ソレイユも⋯

JS: あー!私もシルクだいすきなんです!

YO: そう、神秘的ですよね〜。

JS: そう、DVDとかブルーレイでも出てて!でも、"O"だけ出ていないので、いつかラスベガスに観に行くぞ!って。

YO: 見てみたい〜。友達が"O"の曲を使っていて、その曲も素敵で。いつか、シルクの曲を使ってスケートもしてみたいな、って。

JS: お願いします!"O"とか⋯ それから、"Ka"で滑る由希奈さん、見てみたいです!

YO: "Ka"?

JS: そう、"O"の次のショーが"Ka"で、シノワズリーで。でも、もちろんコンテンポラリーで、"Picasso Dance"(2003-2004SP)の由希奈さんにお似合いだと思います!

YO: へぇ〜。⋯シルク・ドゥ・ソレイユは、私もう、とりこになっちゃって。最初に観に行った時に、アイスクリームを買って入ったんですけど(笑)、始まると唖然としてしまって、ぽかーんとして⋯ 「なんか冷たいな」と思って見たら、アイスクリームがどろーん。って溢れてて。(笑)

JS: (笑)

YO: もう、度肝を抜かれた!というかんじで。途中で、道化師も出て来たりして。ピエロさん!今、アイスショーで、道化師とはいかないまでも、綺麗な役だけじゃなくて、おどけた役だったり、いろんなタイプの表現をやっていけたらな、と思っていて。今回も、フラメンコをやらせてもらったりして!ちょっとずつですけど、毎年表現の幅を広げていけたら、って。⋯いやぁ〜、シルク・ドゥ・ソレイユは、いいですよねぇ〜。(笑)

JS: いいですよねぇ〜。(笑) シルクの中では、どれがお気に入りですか?

YO: 私まだ、"ZED" (東京のレジデントショー) しか観たことがなくって。

JS: では、"Alegria"、"Quidam"、シルク25周年記念のモントリオールでのイベント"Midnight Sun"を是非!文学作品として・アクトとしても素晴らしいと思います!最近の"Corteo"も。

YO: 今、どこでやってるんですかね?

JS: ヨーロッパとか、南米も⋯ 各国を回っていて。

YO: 今、"Kooza"が日本に来ていますね!

JS: "Kooza"は、"Quidam"にテーマが似ていると思います!

YO: 全部見られてるんですか?(笑)

JS: ⋯"O"以外は。(笑) ビデオになっているので。"O"は、ラスベガスからもう、てこでも動かない、レジデントショー(1998年〜)なので。ラスベガスに来させるために、ビデオを出してないんじゃないか、という。日本に来ないと見られない、由希奈さんと同じです!

YO: (笑)

JS: 日本のシンクロの方も出てらしたんですよ。

YO: 奥野 (史子) さんですよね!私が通っている同志社大学OGの方で、プロフィールを拝見させてもらっていたら、「シルク・ドゥ・ソレイユに出演」って出ていて!"O"だったんですね。

JS: ⋯"由希奈さんとシルクのお話"になろうとは!

YO: (笑) 私がモダンバレエにはまったのは⋯ モダンバレエの先生が、キャシー・ジョンソンさん (ジェレミー・アボット選手、パトリック・チャン選手のダンスコーチ) というとても魅力的な方で、コロラドで練習していた選手や、今トップにいる選手達も、皆慕っていて。本当に素晴らしい先生なんですよ!演技の仕方と同時に、表現とはどういうことか、ということも教えて下さって。それから、例えば、挨拶の時、生徒達が目を合わせないで「hi⋯」みたいなかんじだと、それをすごく怒ってくれたり。「私が入って来て、挨拶もなしにただただ音楽をかけていては、気分が悪いでしょ!」って。海外では個人主義で、そういうことを教えてくれる先生というのは、あまりいなかったから。その先生は、そういう面もしっかり教育されていて。だから、合わない生徒もいたと思いますが、私は先生がすごく好きで!先生のダンスもすごく好きで!で、先生が使ってる曲が、ほぼ、シルク・ドゥ・ソレイユだったんですよ!⋯キャシー先生、よくよく聞いたら、「ジュリアード音楽院」卒で!「私も、ジュリアード行きたい〜」なんて、夢語っちゃったりして。(笑) ⋯モダンバレエも、シルク・ドゥ・ソレイユも、先生のおかげで魅了されました。来春、また、コロラドでプログラム作りが出来たらな、と思っているので、先生がいらっしゃる時に行こう!と、企んでいます。(笑)

JS: よい再会になりますように!

JS: 自分は、シルクとフィギュアスケートは、似ている、と思っていて⋯

YO: そうですね!

JS: シルクのアクトが、フィギュアスケートのエレメンツで、という。

YO: そうそう。

JS: だから、もっとみんな、シルクの曲使って欲しいな、って。(笑)

YO: そうですよね。雰囲気が合うんですよ、氷に!(笑)


JS: 最後の質問なのですが、由希奈さんが競技から引退されたときのことを、自分なりに慮ってみて、ひとつ、思い浮かんだことがあって⋯ やはり、これは⋯「由希奈さん、ロマンスもあったのかな?」と。

YO: 「ロマンス」!?(笑)

JS: (笑) こう⋯ すきな人といると、「ああ、私、もうこれでいいや。」っていう、なんか、謎の満足感に襲われるので⋯

YO: へぇ〜⋯ ないなぁ!(笑) そんなこと考えてた人、全然いませんよ!(笑)

JS: (笑) いませんでした?

YO: (笑) いませんよ!⋯まぁでも、「なにか他にたのしいことがあるの?」とは聞かれましたけどね。

JS: ⋯現役選手のお話を聞いていると、本当に、スケートスケート、ですものね。

YO: 「あそび」がないですものね。でも、その中で、みんな、たのしいこと、うれしさ、よろこびを見い出しながら育っているから。私も、アメリカへ行く前は、一ヶ月、スケート靴を一切履かないで、友達と映画に行ったりして⋯ でも、そういう生活に変に疲れちゃって。それまで、ひとつのことに一生懸命向かい合って取り組みながら、その横に、学校があったり他のことがあったりする、その生活スタイルを続けて来たから、やっぱり、真ん中に一本通ってないと、道が分からなくなってしまうので。今は、中心にアイスショーがあるし、振付もやって、で、たまにテレビのお仕事もやらせてもらって、大学生活も続けています。軸となるものがあって、方向性がしっかり分かると、自分でも動きやすいです。

JS: すごく、日本人らしい感覚というか⋯ 打ち込む、ということですね。

YO: うん!打ち込む!

JS: そういったある種のsacrifice(我が身を捧げている事)が、カナダの Japan Skates が日本人スケーターをフィーチャーしている所以だと思います。

YO: そうなんですねぇ〜 ⋯でも、みんな、『スケートが好き!』というのが根本にあると思います。そうでないと続けられないですし、それなりに我慢することも多いので。でも、その分、大きなよろこびがあります。もう、スケートは生活の一部になってしまっていて、それがないと、とっても寂しい⋯ というか、つまらない生活になっちゃう。⋯今も、車で1時間運転してリンクに行くんですけど、練習するのにも大変で⋯ 全然、気軽なスポーツではないので。それでも続けられる、というのは、なにか強い想いがあるからだと思います。アイスショーをしている、ということもありますが、スケートを続けられること、周りの皆さんの期待に感謝して。いつまでやれるか分からないですけれど、これからも滑って行けたらな、と思っています。


JS: いやぁ〜⋯ これはよいお話を頂戴しました!

YO: (笑)

JS: 想ってた由希奈さんと違う!⋯みんな、衝撃の由希奈さんに度肝を抜かれたはずですよ!

YO: どんな「私」?(笑)

JS: 今、由希奈さんがジャパンチームにいらっしゃったら、どんなに素敵なことだろう、って⋯

YO: (笑) プリンスアイスワールドへ、是非!

JS: (笑) 毎年春から夏にかけて開催されています。

YO: 今、私は、ヨガにはまってるんですよ!

JS: ヨガですか!⋯かつて、陸では、どんなトレーニングをされていましたか?

YO: 体操教室で補強運動をして、滑る前後にリンク周りを3周5周とか⋯ 私、結構走るのが好きだったから、気分転換にもなるし、ダイエットにもなるし、で、走ってましたね。ずーっと走ってましたね!

JS: 走ると、謎の気持ちの良さに至りますよね。(笑)

YO: そう、スッキリして。いろんなものの循環が良くなって、プラス思考になったり。(笑) もう、走るのが好きで、高校まで、御所の元旦ロードレースに毎回出ていて!(笑)

JS: (笑)

YO: ある年、入賞して!(笑)

JS: !!(笑)

YO: 新聞に載ってて、高校の先生とか、大笑いしてはって。(笑)「お前、出てたんか〜」って。

JS: (笑)

YO: そう、でも、怪我してから、走れなくなったんですよねぇ⋯

JS: そう、足首だと、蹴れなくなってしまいますよねぇ⋯

YO: そのもやもやを晴らすために、マウンテンバイクにはまってみたりもしたんですけど⋯ 怪我の直後くらいから、ヨガにはまって。元から、体も柔らかいし、いろんなポーズが出来ておもしろいし、っていうので。(笑)

JS: (笑)

YO: もう、宙に浮いたりして⋯ 「仙人」みたいなポーズもあって!(笑)

JS: 由希奈さんが「仙人」!?(笑)

YO: (笑) 三点倒立なんかもあって、バランス感覚も養われます。心が乱れている時はポーズが決まらないので、しっかり、自分の中に軸を作るのにも役立っています。

YO: ⋯先生方のおかげで、ある程度成績も取らせてもらえて、プリンスで滑らせてもらえることも出来たので。まだしばらく大学へ通いながら、これからもやって行くと思います!⋯「私は、シルク・ドゥ・ソレイユには出られへんわ。」とか思いながら。(笑)

JS: (笑) シルクが、"O"で水使ったんだから、今度は氷使ってやればいいのに!って。

YO: そう、氷でね!⋯氷を敷くのにお金がかかるのかな。でも、そういうのがあったら、おもしろいですよね〜。東京だと、ショースケーターも多いし。"ZED"を観に行った時、ひんやりしてたから、「⋯パッと氷敷いてくれたら滑るのに。」って。(笑)

JS: (笑)

YO: 最近は、プラスチックの人工アイス素材が作られているので、そういうのがどんどん開発されてくればいいな、という淡い期待もあります。

JS: アイスショーも、ひとつの作品として創られたらいいですね。

YO: そう、テーマを決めて。「ウエストサイド」とか「カルメン」とか。そういう風に舞台設定をするとおもしろいかも。⋯まぁ、私が滑れる間に、それが叶っているかは分からないけど、もし、私が教えた子達が「プロでやりたい!」って言ったときに、「こういう道もあるんだよ」って見せてあげられるように、今私ががんばらないと!⋯自分の時には叶わなかったけど、次の世代には、それが出来るような環境を作りたいな、と思っています。⋯でも、やりたい人とか、気力がある人は、自分からやって行くと思うんですけど。

JS: ハァ〜⋯ なんかもう、胸がいっぱいで!こういう由希奈さんだったとは。

YO: (笑)

JS: 由希奈さんの開放感に包まれて⋯ 毛穴がすっかり開いてサウナみたいですよ!

YO: (笑) なにそれ〜


太田由希奈 Yukina Ota  Japan Sports
in the "Prince Ice World"


JS: 最後に、皆さんへのビデオメッセージをお願いします。


☞ Yukina Ota @ Kyoto station on August 18, 2011


☞ Yukina's Interviews on Japan Skates